黒 田 康 子 (しずこ)さん
黒田さんが郷土史に携るようになったのは、昭和19年にフィッリピンに出征し、戦死した夫の昇義(のりよし)さんの影響が大きいようだ。昇義さんには、60年前康子さんの方から、プロポーズしたという。それもたった1回会っただけで昇義さんを敬愛し、この人と結婚したいという熱い想いが沸いてきたというから凄い。しかし、結婚生活3年余りで昇義さんは出征、還らぬ 人となってしまったが、黒田さんは生前、夫が建築史研究に情熱を注ぎ、優れた業績を上げていたのをそばで見ていた。黒田さんの郷土史への思い入れの原動力は、そんな夫の仕事ぶりにあったような気がする。たった3年しか一緒に暮らさなかった夫を慕い、その人と業績を尊敬し、教員と子育てをしながらライフワークに自分の住む逗子の歴史を掘り起こす努力を怠らない眼前の黒田さんは86歳というが、まさに心は恋愛中の若い頃のままだ。
70歳で高校の講師をリタイアしてから、逗子市史編纂をはじめ、ますます郷土史に勤しむ日々が多くなってくるが、今回また、新たに黒田さんが中心の郷土史愛好家グループ「桜山の昔を語る会」による郷土誌「さくらやま」が発行された。この郷土誌は桜山の地 名の由来や寺社、年中行事と信仰行事、伝説と民話、古道などを紹介している。桜山をふるさととする人々などが、それぞれ得意の分野を記述していて興味深い。特に黒田さんが協力者とともに調べた【桜山の旧家115軒】は400年前(江戸時代・文禄と元禄)に行われた検地帳をもとに編集。名前、屋号、耕地、面 積、旦那寺などが記され、当時の桜山の様子を窺い知ることができるので、逗子の貴重な資料になることだろう。 地域のことは大きな出来事の他は抜け落ちてしまうので、旧家に残る文書(もんじょ)を読み解いて、歴史の落ちこぼれを拾って歩いていると、「家を建て替えるので古い文書類を1日かかって燃やしちゃったよ」などとこともなげに言う当主にぶつかり、唖然と したこともあったという。文書には大勢の人たちの暮らしの積み重ねが事細かに記されているので、孫引きではない真実の地域史を編纂するのにとても重要なのだそう。 気の遠くなるような膨大な資料の山を足で探し、読みこなし、コツコツと地道な活動を続ける黒田さんは、息子さん家族と同居する今も現役の主婦だそう。「夫が出征した後、婚家の13人家族のおさんどんをしたので家事は得意ですよ。さあ、これから夕食の買 い物よ」と言いながら軽やかな足取りで去られる黒田さんのうしろ姿に、根気のいる郷土史研究に打ち込みながら家事もこなすパワー-と愛を感じ、勇気を頂いた。
■「さくらやま」執筆者による講演会が2月24日13時から逗子市福祉会館で開かれる。
問い合わせは黒田さん(71・5696)か執筆者の一人の三浦澄子さん(71・4646)へ