民話の里が息づく上州路倉渕村(横須賀市民休養村「はまゆう山荘」)に遊ぶ
1997/4/20号より
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れんたかーがとってもべんり
(ひと足遅い春はいまそこに!)
上野駅→軽井沢→万平ホテル→見晴台→白糸の滝→鬼押出し→はまゆう山荘→榛名神社→竹久夢二記念館→高崎駅
深谷駅を過ぎ、しばらく走ると列車の窓から上州の山々がうっすらと見えてきた。あの山懐に抱かれた「はまゆう山荘」に、今夜はゆっくり泊まりましょう。
昔も今も碓氷峠越えは至難の技。横川駅では頼もしい機関車のお出ましだ。ホームで峠の釜飯を求める列車の旅もこの秋まで、と思えば感慨もひとしお。
ドライバー、ナビゲーターを決め、
レンタカーで出発だ
まずは万平ホテルへ
軽井沢駅から万平ホテルまではカラマツ林の中を車で5分程。古き良き時代、紳士淑女たちが華やかな晩餐会を開き、ダンスや談笑のひとときを過ごしたという軽井沢の鹿鳴館。100年近い歴史を刻んだ万平ホテルのダイニングルームで優雅にランチ(3千円)を味わう。中庭のカラ松、カエデなど芽ぶきの美しさを予感させる。
見晴台は山の連なりが
墨絵のようだ

万平ホテルから坂道を、5分程走れば、見晴台へ着く。4日前に降った雪がまだ残っているが、すでに野鳥の声は春を告げているようだ。
妙義山の急峻な山容や八ヶ岳山塊、煙たなびく浅間山などの連なりが美しい。
うっとり…
旧・三笠ホテル

見晴台から軽井沢銀座へ戻り、軽井沢らしさ漂う三笠通りへ。やがて日本人の手による純西洋式木造ホテルとして評価が高い国重要文化財、旧三笠ホテルの瀟洒な洋館が右手に。館内見学(300円)もできる。暖炉、バスルーム、ガラスの照明器具など明治末期に海外の優れたものを積極的に取り入れたということがよく分かり、重厚でクラシカルな雰囲気に浸れる。
浅間山に魅入られる一瞬、
言葉は要らない
白糸の滝から鬼押出し方面へと車を走らせる。やがて目の前に純白の雪にスッポリと覆われた浅間山(2542メートル)がその雄姿を現わした。「あ!」「神秘的…」「富士山みたい…」頂上付近からは今なお噴煙がゆっくりと昇っている。
浅間山のふもとまで広がる鬼押出しは、そんな優美な姿とは対照的な風景だ。天明3年の大爆発で吹き出した大小の溶岩流。当時、逃げまどった村人達の悲鳴を想像する。
小栗上野介とは?

小栗上野介像(東善寺)
群馬県倉渕村と横須賀市が友好都市を結ぶキッカケとなった人物が「小栗上野介」。徳川幕府の軍艦・勘定奉行としてその屋台骨を支え、横須賀製鉄所(造船所)の建設に活躍するなど、功績は多大。ところが、薩長の倒幕に対し、戦いを主張、領地の倉渕村権田に落ち、烏(からす)川水沼川原で処刑される。東善寺に墓があり、この処刑場跡に石碑が建つ。小高い丘の東善寺から見下ろす里は、春らんまんだった。
大自然の中に息づく
「はまゆう山荘」

はまゆう山荘のロビーは中世ヨーロッパのシャトーを思わせる
横須賀市民休養村「はまゆう山荘」は、奥深い山の中にあった。かつて、江戸幕府のご用材を切り出した山々は、今、自然の恵みを私たちにもたらしてくれる。春には、タラの芽、ワラビ、フキなどの山菜が、夏にはイワナ、ヤマメなど清流の女王が。秋ともなれば色づく紅葉とキノコたち…。そして冬、倉渕村に雪が舞う頃、コンニャクや漬けものを前にして、民話の語り部が、人々の心を暖める。
その昔、高崎方面からやってきた旅人は、この「はまゆう山荘」前の草津街道を往来した。草津の湯治場や善光寺参りにと山路をゆく。春なら里の桜吹雪も見ただろう。
「お待ちしておりました」と、山荘の支配人がニコニコ顔で迎えてくれる。
まず山荘の建物が素敵なのにビックリ。そう、中世ヨーロッパのシャトー現代版…のイメージが。天井が高く、石と木のスッキリした造りは、かつて日本建築業協会賞を貰ったほど。
さて、夕食前のお風呂は旅の「お約束」と、タオルを持っていそいそと。清潔で広〜い展望大浴場は、旅の疲れを癒してくれる。あとはポカポカ、ツルツルで「ビールが旨いこと!」
嬉しいことに五月から、このお風呂は四季折々の違った泉質が楽しめる人工温泉(奥川浦温泉)に、生まれ変わるとか。さまざまな身体への効能もあって、四季の秘湯を楽しみたい方に喜ばれること請合いですね。
また、山荘からは近くの浅間隠山への散策も楽しめる。山荘にお弁当を頼むことができるのも嬉しい。
横須賀市民休養村「はまゆう山荘」は、市民以外の方もご利用になれます(会議室、大広間、体育館完備)
●大人 6,000円
●中学生 5,000円
●小学生以下 3,000円
●横須賀市民以外の方 大人 6,500円
(休日前は500円増)
お料理は3ランクから選べます
お申込み TEL.0468-22-8226 横須賀市役所青年課

落合の道祖神
倉渕村にはとても石仏が多い。
昔から村境に建てられ、災を村中に寄せつけない役目をしたというが、
なぜか双体道祖神が多いのも特徴だ、そして…、
落合の道祖神は実になまめかしい。
夫婦和合の図は石工の腕の見せ所。歌麿もびっくり!
2度も見に行ってしまったヨ!
荘厳な榛名神社

鳥居をくぐると春雨に濡れた石畳と渓流の音が清々しい。千本杉の古木や種々の落葉樹が新緑や紅葉の頃の美しさを想像させる。奇岩が見え隠れする参道を更に登ると双龍門だ。繊細な彫刻と天井絵をじっくり拝見すると龍の目が聖域に入る人を検問するかのよう。もやに包まれた本殿へ到着すると背後にそそり立つきのこ形の巨岩「御姿岩」がいかにも神秘的だった。
大正ロマンの世界へ
夢二がいざなう

どこか憂いを帯びた美人画で知られる大正時代の叙情画家、竹久夢二。夢二は生前、榛名湖畔にアトリエを持ち、この地を愛した。
雨あがりに美しく映える白壁土蔵造りの本館には、書簡や原画、スケッチなど夢二の貴重な資料が収められて興味深い。新館の黒船館に一歩足を踏み入れれば、そこはもう華やかかりし大正ロマンの世界。イギリス製家具をはじめ、ランプ、器…とため息が出そうな調度品の数々に夢二の作品がとけこんでいた。
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