
逗子海岸といえば、徳富蘆花の小説「不如帰」があまりに有名ですが、昭和31年に芥川賞を受賞した石原慎太郎著「太陽の季節」の舞台もまた逗子海岸でした。
“太陽蔟”が出現した昭和30年代ごろと今の逗子の様子を文学散歩しながら探ってみました。


「太陽の季節」執筆当時の桜山の家


近著「弟」と「太陽の季節」の入った全集
潮の干いた逗子の渚にヴィラやホテルの灯が幾すじにも延びて光り、遠く水の上まで伝わっている。「ちょっとしたリヴィエラ風景だな」そう言って龍哉は英子に接吻した。夕方、小説の恋人達を乗せたヨットは葉山から江の島へむかっていた。その船上で眺めた逗子の海岸は、大正期から避暑、避寒の別荘地、海水浴場として知られたこともあり、40年前すでに風光に恵まれた世界的観光地コートダジュールなどと匹敵するような雰囲気があったようだ。その後も高層マンションが建ち、ウィンドサーフィンのカラフルな帆が行き交うなど、リヴィエラ風景はさらに発展した。

湘南が踊る夏。ウィンドサーフィンのメッカ逗子海岸。(田口蕃さん撮影)

| 1953 | テレビ放送開始 |
| 1954 | 第五福龍丸、ビキニ環礁で被爆 |
| 1955 | トランジスタラジオ発売、家庭電化時代へ |
| 1956 | 初の経済白書に「もはや戦後ではない」、“太陽族” |
| 1957 | ロカビリー流行、5千円札発行 |
| 1958 | フラフープ流行、1万円札発行 |
| 1959 | 皇太子ご成婚 |
| 1960 | 安保闘争、ダッコちゃんブーム、即席ラーメン発売 |
| 1961 | うたごえ喫茶流行、食パン35円 |
| 1962 | ツイスト流行、堀江謙一、ヨットで太平洋横断 |