逗子の渚は小説のふるさと
文学散歩「太陽の季節」石原慎太郎
1997/8/21号より
[1997/7/20号へ][これが三浦半島!!目次へ][1997/9/21号へ]

 逗子海岸といえば、徳富蘆花の小説「不如帰」があまりに有名ですが、昭和31年に芥川賞を受賞した石原慎太郎著「太陽の季節」の舞台もまた逗子海岸でした。
 “太陽蔟”が出現した昭和30年代ごろと今の逗子の様子を文学散歩しながら探ってみました。

平成1ケタ時代のヨットマンたち。毎月1回S・T・C(セイルボードトレイニングクラブ)のレースが開催され、「太陽の季節」の龍哉と英子が遊んだ逗子・葉山沖で技術を磨く(写真家・田口蕃さん撮影)

少年時代


「太陽の季節」執筆当時の桜山の家

 石原慎太郎が父親の転勤で小樽から逗子に引越してきて、少年時代を過ごした家が桜山9丁目に今でも残っている。「太陽の季節」の執筆当時(一橋大学在学中)もこの家にいたという。現在は別の人が住んでいるが、鐙摺の切り通し近く、浜には水着で駆け出して行けるような場所に位置する緑豊かな純和風の家だ。
 慎太郎と同学年でよく逗子海岸で一緒に野球をして遊んだ思い出があるという廣澤友雄さん(葉山町下山口在住)は「彼は逗子小から湘南中学、私は葉山小から横須賀中学へそれぞれ進みましたが、共通の友人がいて14〜15歳ごろまで一緒に野球をやりました。当時は目立たなくて、とっつきにくい感じ。それに冷静で観察眼が鋭い少年でしたが、決してリーダーシップをとることはなかったです。そのころの逗子海岸は今よりずっと砂浜が広くて野球もやりやすかったですよ」。


思い出を語る廣澤さん


太陽族の誕生


近著「弟」と「太陽の季節」の入った全集

 従来の青春小説が春の陽ざしのような雰囲気が多かったのに対し、灼熱した夏の太陽の輝きのような恋愛を描いた「太陽の季節」は、当時としては衝撃的で、強い反発もあった。反面、昭和31年5月に封切られた長門裕之、南田洋子主演の日活映画は爆発的ヒットを記録した。亡くなった弟の石原裕次郎は主人公龍哉のボクシング部の友人としてこの映画でデビューし、裕次郎といえば“太陽族”と言われるほど一世を風靡した。


夏を盛り上げた
逗子海上ページェント

 逗子海岸もそれにともなってか昭和31年は夏の人出が200万人を越え、前年比30〜50%増だったという。逗子市役所OBの方のお話によると、「翌年から市側も海上ページェントを企画して海水浴客の誘致を計ったことも手伝い、逗子駅は人で埋めつくされ、省線電車(現JR)は5・6台待たなければ乗車できないほどでしたが、40年代初めごろまでがピークでしたね」。


フランスの避暑地の
海岸に似ている

 潮の干いた逗子の渚にヴィラやホテルの灯が幾すじにも延びて光り、遠く水の上まで伝わっている。「ちょっとしたリヴィエラ風景だな」そう言って龍哉は英子に接吻した。
 夕方、小説の恋人達を乗せたヨットは葉山から江の島へむかっていた。その船上で眺めた逗子の海岸は、大正期から避暑、避寒の別荘地、海水浴場として知られたこともあり、40年前すでに風光に恵まれた世界的観光地コートダジュールなどと匹敵するような雰囲気があったようだ。その後も高層マンションが建ち、ウィンドサーフィンのカラフルな帆が行き交うなど、リヴィエラ風景はさらに発展した。


40年前の風俗が日常化した
今の若者たち


湘南が踊る夏。ウィンドサーフィンのメッカ逗子海岸。(田口蕃さん撮影)

 戦後10年経過したとはいえ、高度成長期の手前。まだまだ生活が苦しい家も多かった時代に、小説はヨットや自家用車を乗り回すなど、一般よりはるかにぜいたくに遊ぶ青年達を登場させた。
 が、平成9年夏、美しい弧を描く逗子海岸には――。砂浜でヨットを仕立てている人、バーベキューを楽しんでいる大学の運動部、肌を灼く女子大生グループ、近づいたらヤケドしそうなお熱いカップルたち。沖には沢山のウィンドサーフィンが風を切っている。40年前には顔をしかめられた太陽族と同じような若者たちが溢れ、自由に自分流の海の遊びを謳歌している様子が見なれた光景になった。


石原慎太郎(いしはらしんたろう)

昭和7年神戸市生まれ。一橋大学法学部卒。30年大学在学中「太陽の季節」で第1回文学界新人賞、翌年同作品で第34回芥川賞を受賞。43年参議院議員、47年衆議院議員初当選。平成7年辞任。現在は文筆業に専念。代表作は「太陽の季節」の他「処刑の部屋」「ヨットと少年」など。近著に「弟」がある。


1955年「太陽の季節」発表前後の世相

1953テレビ放送開始
1954第五福龍丸、ビキニ環礁で被爆
1955トランジスタラジオ発売、家庭電化時代へ
1956初の経済白書に「もはや戦後ではない」、“太陽族”
1957ロカビリー流行、5千円札発行
1958フラフープ流行、1万円札発行
1959皇太子ご成婚
1960安保闘争、ダッコちゃんブーム、即席ラーメン発売
1961うたごえ喫茶流行、食パン35円
1962ツイスト流行、堀江謙一、ヨットで太平洋横断



[1997/7/20号へ][これが三浦半島!!目次へ][1997/9/21号へ]