
馬は神とのかかわりあいが強く、天空と俗世の橋渡しをする神様の乗り物であると考えられていた。そんなことから、神への願いごとや成就した時の御礼に、上層階級には生きた馬を奉納する慣わしがあった。吾妻鏡にも源頼朝が、妻政子の安産祈願として、横須賀宋元寺に神馬を奉納したとの記録もある。
それはやがて「生きた馬」から「馬形をした模型」となり、さらには板に馬の絵を描く「絵馬」へと簡略化されていった。江戸時代中期になると、絵馬は民衆の生活に沿った願いごとを主な画題とし、次第に「大絵馬」から「小絵馬」と呼ばれるものに移っていったのである。


日蓮の鏡には鬼面が映る(部分)

大成する人は、ささいな事にはこだわらない…韓信股くぐり図

観音様ご開帳には、遠くからお参りにやってきた

朗報を待つのか…松の木の下で
