(題字:高橋幸子)
INSIDE OF AZUMA-MIRROR
| 「吾妻鏡の風景」の連載も五年の歳月を重ねた。毎月鎌倉雀に変身、鎌倉の空を飛び廻った日々の見聞は八百年の時空を超えた人間探求のメッセージともいえる。今回からは、吾妻鏡の中の気になる女人たちを、現代の目で捉えてみたい。鎌倉雀が取材を仕残した部分を少しでも補えたらと思っている。 |
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鎌倉時代、男女の婚姻は通 い婚、聟取婚が通常で、男が女に嫁すと表現される場合が多い。吾妻鏡をひもとくと先ず下女の婚姻に関するユーモラスな出来事を知らされる。治承4年8月17日は頼朝の平家討伐旗揚げの日である。平氏の伊豆目代山木兼隆を夜襲する手筈が決まっていた。既に頼朝は政子と結ばれ長女大姫も生まれており、北条時政の聟として邸内の頼朝館に住んでいた。 この北条邸の下女の許に毎夜通ってきて、周囲からその婚姻を認められていた男が山木の雑色(下男)であった。「この男日来殿内下女に嫁するの間、夜々参りいる」と吾妻鏡が記している。いつものように二人が釜殿(炊事場)で逢瀬を楽しんでいたところ、この夜ばかりは男が生け捕られてしまった。邸内に夜襲の兵卒が屯しているから山木方へ洩れたら一大事と身柄を拘束されたのだ。 夜襲は成功。山木館は焼け落ち兼隆主従は討ち取られた。主を失った山木の下男は、そのまま下女の聟として北条家の所有とされたのであろう。奴婢雑人と呼ばれる彼等は、主人が自由に譲渡売買できる財産の一つでもあった。現代では考えられない人権無視がまかり通 っていたのだが、それでも庶民男女は逞しく生きていたようだ。下男下女の婚姻も頼朝政子の婚姻も、身分の隔てなく男が女に嫁して聟となっている。北条邸を舞台としたこの夜のエピソードは人間味があって心が和む。解放された性と自在な婚姻の駆け引きに生きる鎌倉時代の女人像を追うことにする。 |