
(題字:高橋幸子)
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藤原定家の明月記、寛喜元年12月29日の項では、同じ月の16日に行われた後堀河帝の中宮入内に関する詳細を綴っている。雑仕女について「雑仕六人、当色を賜る。弥孫女・曽孫女・姓女(巳上太子)・千寿女・祇寿女・葵女(巳上蓮)。小舎人(ことねり、下役人)六人召し付く」とあり、その出自によって呼び名のニュアンスが違うようだ。美青年の小舎人も付き従っている。当色を賜るとは禁色を許されることで、宮廷では身分に応じて着衣の色が決まっていて紅と紫は禁じられていた。この色の着用を許されるのは名誉とされる。この日の6人は紅色を許されて紅色の五ツ衣と単衣、表着、唐衣は紅梅色の唐綾を着ていたようだ。定家は近年上中下の隔てがなくなり、ぜい沢になったと嘆いている。中宮噂子(じゅんし)は自身が召使う雑仕女6人と他にも多くの高級女房(官女)に傅かれることになっている。 (郷土史研究家) |
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