ROUTE134
(隼 志朗)

◆栄光の背番号3

 長嶋茂雄がジャイアンツの監督を退任した。21世紀幕開けの年にひとつの時代が終わった。9月30日、東京ドームでの退任セレモニー。彼は前回の解任時とは違い、あの爽やかな笑顔で胴上げされ、場内を一周し、ファンに別れを告げた。もう二度と栄光の背番号3を見ることはない。
 僕が最後に東京ドームへ行ったのは9月26日の広島戦。残り4試合という日でここからジャイアンツは4連敗し、シーズンを終えた。たまたまチケットが手に入り、一塁側の内野席で観戦していたが、試合が決まる7点目を取られたところでドームを後にした。辞めるとは夢にも思っていなかったので、今思えば最後までいればよかったと後悔
している。この試合もそうだが、監督としての長嶋采配には首をかしげることが多々あったと思う。勝てる試合を失ったことも何度かあった。しかしデータ野球にしばられず、独特の動物的カン、人情と愛情ある
采配は彼の持ち味であり不思議と納得してしまったものだ。
 僕にとっての長嶋茂雄は現役時代の「4番サード長嶋」であった。小学生の頃に流行ったベーゴマやメンコでは「長嶋もの」は宝物で、特にベーゴマで「長嶋」が負けて取られた時は、家に帰って泣いたこともあった。草野球では皆が4番サードを狙ってよくけんかをしたものだ。テレビの中での長嶋はホームランや華麗な守備というよりも何故か豪快な空振りや派手なエラーの方が印象に残っている。いずれにしても絵になる選手だった。
 そしてあの名言を残した現役引退試合。僕は大学生で東京のアパートで友人と二人でテレビを見ていた。二人ともいつになく口数も少なく、じっと画面を見つめていた。セレモニーの間ずっと涙が止まらず、着ていたモスグリーンのJUNのトレーナーの袖がぐしょぐしょになってしまったことを今でも鮮やかに思い出す。
 20世紀後半のプロ野球は長嶋茂雄を中心に回ってきたといっても過言ではないだろう。良きライバルに王貞治という大選手がいて、金田、村山、江夏、星野などとの幾多にわたる名勝負があり、ファン(アンチジャイアンツファンも含めて)もまた常に長嶋を注目していた。監督になってからも選手以上にマスコミに報道されていた。日本のプロ野球は長嶋人気に支えられてきたのである。
 今年はパ・リーグが圧倒的に面白かったのに、イチローや新庄の活躍でメジャーリーグの方が注目された。長嶋が辞めた今こそ、ジャイアンツ中心の枠組みを取り払い、日本のプロ野球をもう一度見直してもらいたい。もう長嶋茂雄のような人は出てこないのだから。


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