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◆ 話題の周辺
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| ☆地元では、『コーボー』 <金の卵>小泉Jr.こと小泉孝太郎(23)が8日、東京・国際フォーラムでの映画「大河の一滴」(9月1日公開)の完成披露試写会に出席、150人以上の取材陣に囲まれ第一声を上げた。父の小泉首相からは「一生懸命やらないと、一流になれないから頑張れ」と激励されたと。 横須賀の地元では『コーボー』と親しまれている大学生の孝太郎だが、新人タレントらしからぬ大物スターの誕生に地元の期待は大きい。 (スポニチ 2001.8.9) http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2001/08/09/01.html |
| ☆アッコも小泉Jr.に太鼓判 歌手の和田アキ子がテレビ番組の収録で、芸能界の大先輩として孝太郎にエールを送った。和田は「りんとした感じで申し分ない。今はあまり、あんな路線の俳優さんはいないんじゃないの?」と太鼓判。和田らしく「あとは礼儀をきちんとすること。人の評価は後からついてくるもの。父親が小泉さんということを忘れさせるよう、頑張ってほしいですね」とアドバイスした。(スポニチ 2001.8.9) http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2001/08/09/02.html |
| ◆ 小泉孝太郎(こいずみ・こうたろう)
1978年(昭53)7月10日、小泉首相と元妻の長男として神奈川・横須賀市に生まれた。関東学院六浦高時代は野球部の副キャプテンで活躍。現在私大4年に在学中。小型船舶免許を持つ。特技は犬の調教。目標の俳優は竹中直人(45)高倉健(70)。177センチ、血液型AB。 |
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★ いろいろな話題
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| ◆「米百俵」の精神 長岡の米百俵とは…… 明治維新の激動期、戊辰戦争で焼け野原になった長岡藩に支藩の三根山藩から、百俵の救援米が贈られてきた。その日の糧にも窮していた藩士たちは、喜び、米の分配を迫ったが、大参事・小林虎三郎は、この百俵の米を資に学校を建てることにし、藩 士たちに言った。「この米を1日か2日で食いつぶして何が残る。その日暮らしでは、 長岡は立ち直れないぞ。国が興るのも、まちが栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ学校を建て、人物を養成するのだ。明日の長岡を考えろ」…こうして明治3年国漢学校が設立された。 後年、この国漢学校からは多くの人材が輩出し、長岡の復興の礎となった。 (http://www.kome100.ne.jp/main/std/komehistry.htm) |
| ◆“コイズミくん” 小泉首相の答弁って、面白いね。場が思わず沸いちゃう。 「具体性がない」とかいろいろ言われてますが、でも今までの政治家の屁理屈台本棒読みみたいな話し方と違って、自分の言葉でしっかり話しているところが、とってもいいなと思いました。いいじゃない、ちょっとくらい理想家だったって。きっと何かやってくれるよ。おおいに奇想天外な行動とって下さい。今や筋書き通りの考え方してたら、日本は潰れます。当たり前の優等生の出番じゃないです。田中まっこさんも外務省の人間に「法律わかってるのか?」と脅されたと言ってましたね。いや〜、面白いや。日本中枢の古ダヌキ達の横暴な所業をいっぱい暴いてやればいい。まあ、物事には表と裏の面があるので、全面的に田中さん支持って訳じゃないけど、古臭い考え方一掃には、大賛成。 余談だけど、小泉首相のヘアスタイルは、外国で「ライオンヘア」と言われてるらしい。そして彼の話し方というのは、「サウンド・バイト法」というらしいのだ。簡単に説明すると最初に結論をガン!と述べてから、細かく話していく方法らしい。分かり易く潔くて、良いと思います。場を沸かせるというのも立派な正しいテクだ。 2001.5.10 |
| ◆「コイズミ」 (2001年6月12日) この1ケ月の間で、日本のメディアを沸かせた人物がいる。「コイズミ」である。勿論、今日子ではなくライオン首相の小泉純一郎氏である。 ワシが「小泉内閣」で一番驚いているのは、「内閣(政党)支持率」の高さである。前首相の森政権時には10%を割ったこともあるのに、今では80%以上を越えている。間違えないで欲しいのだが、ワシが驚いているのは小泉内閣がスゴイ?ことではなくて、「国民の心変わり」方に驚いているのである。 はっきりいって、与野党が逆転しようとも、ビートたけしやキムタクが首相になろうとも、この数値ははじき出せないであろう。また、ワシら国民もたった1人のリーダーの出現によって、手のひらを返した様に支持するという国民性も恐ろしく感じる。 恋愛において、じょしこーせーだって、芸能人だって、イギリスの天気だって、これほど異常な心変わりをするとは思えない。日本人ってもっと「保守的」かと思ったけど、やはり「あの頃」に戻りたいんだなって再認識した。 「あの頃」と聞いて、「はっ」と和田あき子の口調でのってしまった人は、ワシの知り合いの病院を紹介しましょう。余談はさておき、「あの頃」というのは、「バブル」時代(または高度成長期)のことである。その頃のワシはエゲレスにいた。だからこそであろうが、毎日日本の新聞は隅から隅まで熟読していたし、日本に一時帰国した際には、日本人より事情通になっていた。そんなとき、ビル・エモットの「日はまた沈む」を読んだ。日本の金融界の腐敗と土地神話崩壊を予言したものであるのだが、今、もういちど読みなおしたい本である。当然、当時の日本でもベストセラーになったが、識者を始め多くの人々は、「ビルは阿呆じゃ!」と対して相手にもしなかった。さらに渡部何某は、「日はまた昇る」という本まで出してしまい、今では世間から疎まれているそうじゃ(うそです)。ま、あのうたたかの夢時代が覚めることなどないと99%の日本人は思っていたし、贅沢三昧の生活を謳歌していたんだもんな。 つまり、何が言いたいのかというと、内閣支持率は、小泉内閣を支持しているのではなく、このうっとーしーデフレ経済を打破して(バブルの夢をもう1度!)欲しいという「期待値」なのである。ただし、負の遺産を国民が直接支払う「代償」や「リスク」を限りなくゼロという条件付でである。ホント日本国民っていいかげんだよな。 テメーら無傷で日本(経済)を「直してチョーダイ」って言うんだから。でもイーカゲン度ではワシは日本一と自負しているんだけどな。。。 先般、小泉内閣の政策骨子案が提出されたが、はっきりいって「創造的破壊」と「リスク清算」を主眼に置いている。くだけた形で言うと、前者は「今まで甘い汁すすって堕落しているもの(人間・組織・団体・企業・官庁・自治体など)をぶっ壊す。またそこから合理的・効率的なものを創造。これを邪魔する奴は国民世論という力を利用して駆逐する」、後者は「馬鹿どもの失敗の尻拭いには、企業・政治家・官庁だけでなく、国民・自治体にも尻拭いしていただく」というもの。 公約にも掲げていたけど、小泉くんは「行政改革1番、経済改革2番、3時のおやつは文〇堂〜」なんだから、経済自体は、そうすぐには回復はしない。ITによる産業界の梃入れも、「じゃ、明日から全世帯に光ケーブルとテレビ電話を設置してください。それと今年から年賀状はメールのみの取扱となりました」なんていかねーもんな(笑)。 また、経済再生案が仮に試行(施行)されて、「はい、これで明日からGDPが5%の成長を始めることになりました」なんていたら、マルクスもケインズもフリードマンもポーターもあっけにとられんだろうなァ。 ワシが小泉内閣で評価する点が1つある。国民が一瞬でも「政治(政府)」に興味をもったということだ。首相を筆頭に田中外務大臣、石原行政改革担当大臣、産業大臣には竹中平蔵、そして財務大臣には「塩爺(しおじい)」。。。。。ってこの人選は、ウケねらいだな(核爆)。最近、「塩爺財務大臣」は国会答弁で野党にいぢめられているが、あんな姿をニュースで流してはいけない。いぢめを煽る行為だし、老人虐待の姿だからだ。もし映像で流したいのなら「ガチンコ・ファイトクラブ・政治編」で流してくれ!毎週毎週、「この後、とんでもないハプニングが!!!!!!」なんてことを流された、国民は楽しめるのになァ。 そうそう、「コイズミ」政府のメールマガジンのタイトル。「らいおんはーと」だって。ひねったつもりなんだろうけど、センスはイマイチ。ワシだったら「ファースト・レディ」か「失言実行!」っていうタイトルにしたけどな。。。う〜んワシのセンスもイマイチみたい。ではコイズミにかけて「なんてったってアイドル」ってのはどうであろう。アイドルを「無用物」と約したものなのだが。これもダメか。。。ま、メールマガジン楽しみにしています。「コイズミ」さん、「ヨウズミ」にはならないでね。 (http://www02.u-page.so-net.ne.jp/kb3/yosuke/kaicho03.htm) |
| ◆なんてったってコイズミ 参院選を占うという意味で注目された都議選の結果がでた。予想どおりに自民党が圧勝した。いやはや日本人とはやはり雰囲気に流されやすい国民だ。小泉首相にしてやられたというかんじだ。役者としてやはり小泉純一郎はできる。前の総理があまりにひどかったということもあるけど(悪夢のようだった)、小泉首相は久々に国民にわかりやすい言葉をもち使いこなせる政治家だと思う。そしてマスコミの使い方がうまい。記者クラブの談合記者たちをうまく取り込んでるといえよう。 小泉氏が主張する構造改革もあながち間違いではない。無駄な財団法人を整理することにも賛成だ。やれるもんならどんどんやってほしい。田中真紀子氏の外務官僚との闘いにも賛同する。まだまだ明らかにされていない機密費の問題も解明してほしいと思う。だが、この改革の顔をした政治家の本当の顔を少しは覗いてみることも必要だろう。 彼はまず三世政治家だ。地盤や後援会組織をそのまま受け継いでいる。それに日本の政治世界の超タカ派である岸、中曽根の流れをくむ。そう考えると彼の憲法や自衛隊に対する言葉も理解できる。彼の改革者としての発言の裏には、もうひとつ別の仮面がかくされている。あるTV番組で彼が知覧の旧特攻基地の展示室で嗚咽する姿がながれた。それを観て僕は寒くなった。こころから。戦争で亡くなった人に涙するならい い。でも、彼はどう観ても特攻隊という精神的美学に涙を流していた。戦争で亡くなった人はなにも兵士だけではない。広島や長崎、沖縄でも非戦闘員が無数に死んでいった。そこに涙せず特攻隊基地で情緒的に泣く男を僕は信用しないし、したくない。喜多さん、こうして小泉氏に対する批判を書いているとそのうち改革を邪魔する非国民なんて呼ばれるのかもしれませんね。そしたら、マドリッドに逃げていこうかな。というわけで、日本はアイドル政治家の「コイズミ政治ショー」がつづいていくようです。では、また。 2001年6月24日 岩崎竹彦 (http://personal2.redestb.es/kita/iwazaki24.html) |
| ◆メルマガ「小泉内閣の今日の頑張り」 政策オタクも利権オヤジももうウンザリな人のための小泉内閣「意識改革」観戦・応援サイト! (http://miyajima.ne.jp/jun/) 小泉内閣が頑張ってる。 自民党総裁選の真っ只中、4月15日の新宿駅西口での4候補街頭演説会。それまで政治家の演説会をわざわざ聴きに行こうなんて思ったことのない私だが、この日ばかりは無性に小泉純一郎の話が聴きたくなった。現場では圧倒的な小泉支持の拍手の渦。私も拍手をした。同じ日の夜、渋谷ハチ公広場前で行われた小泉&真紀子の演説会が近年稀に見る大盛況だったことは記憶に新しい。そして、小泉純一郎は総裁選に勝ち、内閣総理大臣になった。掲げた公約を着実に一歩一歩実現しようとしている。国民からは驚異的な高支持を受けた。改革路線をめぐる攻防、政策の賛否両論、あまりの高人気を危惧する声……などなど、いろいろな反応があるが小泉内閣に世間が注目しているのはカネ(目先の景気対策)でもなければリクツ(内輪向けの政策論争)でもないと思う。今までの政治は自己完結がひどかった。あれだけ嫌われた森内閣も、出だしはともかく総選挙後は手続き的にも問題なかった。しかし、森さんはあまりに自己完結していて、こちらからは何をやっているのかよくわからなかった(辞任直前に素晴らしい決断を2つほどやってくれたが)。また、「加藤の乱」なんてのもあったが、あれはあれでよくわからない行動だった。離反や裏切りで政界を再編させるなんて考えがひどく内向きでこれまた自己完結のカタマリだった。で、「森内閣の不人気、このままじゃ自民党は選挙で負けちゃう」という、またまた自己完結的な考えによって退陣するハメになった森内閣の後を受け、自民党総裁選が行われた。ここで初めて外向きなわかりやすい動きが現れたと思う。選挙権は自民党員・党友にしかなかったけど(私も選挙権ナシ)、実質的には国民をしっかりと巻き込む形で、堂々と小泉内閣が誕生した。「清き一票」ではなく、新宿駅西口まで足を運び、じっと話を聴く、拍手をする、こういう「行動」によって総理大臣が選ばれたという実感を得たのも本当に初めてのことだった。つまり、小泉内閣はその誕生の経緯からいって、否応なしに世間の関心を惹きつける力を持っていた。もちろんすべては綺麗事だけじゃない。小泉内閣のなかにだって自己完結的な部分は たくさんあるだろうし、そもそも政治家という生き物が基本的に国民をまともに相手をする気がないんじゃないだろうか?という疑念は今でも私のなかにある。けれども、何度も言うように、小泉内閣はもろもろの思惑を超えたところで、否応なしに世間を国民を相手にせざるをえない。また、そのことを一番わかっているのは小泉首相だと思う。総裁選当確が判明した頃から、彼はしきりに「重圧」という言葉を口にしていた。 一部の政治家が国民を真正面から見ようとし始めた。国民もまた政治家を真正面から眺め、その一挙手一投足を「観戦」しようとしている。そういう大きな動きを感じ取ることができないままに「小泉人気はポピュリズムだ」と半ば世間を馬鹿にしたことを言う政治家・文化人もいる。そんななか田原総一朗は、良くも悪くもテレビマン独自の感度からなんだろうけど、小泉人気の本質を突く発言をしている。 「小泉内閣は、いま強引なまでに意識変革を求めている。これはポピュリズムではない」 (週刊朝日6/15号「田原総一朗のギロン堂!」より) そう、小泉内閣ってのは「意識改革」そのものだ。政治家が一方通行に押しつけてくるものではなく、まさに双方向のやり取りで政権が誕生し、その後もメルマガやタウンミーティングでその機会を失わないようにしようとする、本質的な「意識改革」の場。単に党内の支持基盤が弱いから国民の支持に頼らざるをえないといった政局的理解に矮小化することなく、「意識改革」の場として小泉内閣を捉えるのが楽しいし、正しいと思う。そうでなければこれだけの高支持率の理由が説明できない。 というわけで、新宿西口で小泉純一郎に拍手を送った一人として、小泉内閣の日々の頑張りをしっかり「観戦」したいと思った。いよいよ具体案も出てきたし、こういう形で「小泉劇場」「ワイドショー内閣」に参加するのも楽しいじゃないか。基本的に毎日メルマガを発行して、小泉「意識改革」がどれだけ進んだか考えてみる。ちょっとマジメに小泉内閣を「観戦」し「応援」(時には「罵声」も?)もしてみる。具体的には小泉内閣の今日の頑張りを分野別にまとめつつ、独断と偏見で点数を加算。頑張り度=意識改革度ということで、 政治主導→-5〜-1,+1〜+5 国民的議論→-5〜-1,+1〜+5 国民的合意→-10〜-1,+1〜+10 その他→0 こんな感じの基準でやっていこうと思う。「政治主導」とは責任を取れる人間が政策を決定するということ。「国民的議論」「国民的合意」は読んで字のごとし。小泉内閣がどんな方向へどれだけ進むかわからないが、「意識改革」がきっちり進めば、道はそう誤らないと思う。「人心をして倦まざらしめんことを要す」。政治の基本はこれじゃなかろか。どうせだから徹底的に楽しむよ、ほんとに。 (宮島理/2001.6.24) |
| ◆死者の選別、必要なのか A級戦犯合祀で小泉首相 参院選公示前日の11日、主な7政党の党首討論会(日本記者クラブ主催)が東京都内で開かれた。小泉純一郎首相は、A級戦犯が合祀されていることに関し「心ならずもあの戦争に行かざるを得なかった人が圧倒的多数の人たちへの慰霊を、一握りのA級戦犯が合祀されているだけでおろそかにしていいのか。死者に対してそれほど選別しなければならないのか」と発言。自らの靖国神社参拝の障害にはならないとの認識を明らかにした。 コイズミ首相は確信犯だ。A級戦犯合祀してある靖国神社に参拝に首相が出向くということがどういうことなのか、まったく御分かりにならないようだ。政治家三世というから骨の髄まで保守家庭の教育を施されているのだろう。そういう意味で骨太政治家ということがよくわかった。 戦中において旧日本軍が大陸でしたこと、自分の家族には誰かが犠牲者となっているといわれる朝鮮・中国の家族たち。親から子へ、子から孫へ言い伝えられてきた旧日本軍の残虐の数々。こういう背景があるからこそ、国をあげて首相の靖国神社の公式参拝に反対するのだよ。首相が参拝するというのは隣国から見た場合、大変な脅威となるであろう。日本ナショナリスムの昂揚に貢献するからだ。この日本ナショナリスムの一つの形が大陸侵略につながっていったわけだ。三光作戦(焼き尽くす・奪い尽くす・殺し尽くす)という行動を断行した旧日本軍のすがたをまざまざと瞼によみがえらせる中国のかたもいまだに多いことだろう。そういう人々の感情を逆なでするような行動を国民支持率84%の首相が断行しようしているんだ。おれは穴があったら入りたいくらいだ。みんなもジレンマに陥っているんじゃないか。首相は支持したいけれど、靖国神社の公式参拝はどうも…という方がほとんどだろう。 衣食住が事足りて生活を続けていくと、どうも人の痛みというものが分からなくなっていくものらしい。下着を含めて人の古着を着させられる、家に食うものがない、雨が降れば雨漏りがする家。衣食住が事足りないというのはこういうことだ。このどれかでもガキのときに経験したなら、人の痛みというものが理屈抜きで分かるのだが、今の飽食日本では考えられないことだろう。 はやいところ日本は沈没しちまいな。地球的視点で鳥瞰すると虐げられている人々が極端に少なくなくなっている金持ち国家・民衆は遠くスペインからみていると、構造改革にしろ、日本ナショナリスムの昂揚にしろ金持ちの御遊戯に見えてくる。せっかくスペインにいるから国籍を換えるかな。人の痛みも判らない、みっともない国の国籍を持っていたってしょうがねえんじゃないかと考えている今日このごろだ。 2001年7月11日 喜多武司 |
| ◆「拝啓 内閣総理大臣様」 本当の構造改革 新しい日本を実現して欲しい 高校のカリキュラムも変えて …… (http://www.karasu.net/sorry/index.html) |
| 小泉『平成維新』なるか! 「三浦半島は、まことに小さい。…… ところが、この半島から、十二世紀末、それまでの日本史を、鉄の槌とたがねでもって叩き割ったような鎌倉幕府が出現するのである。」 ・・・∞・・・∞ 「幕末の騒乱が、すべてこの三浦半島久里浜からはじまったのである。…… 幕府によってこの半島の横須賀にフランス式の軍設備ができ、それをひきついだ明治政府によって帝国海軍を生む母胎になった。」 (司馬遼太郎・三浦半島記より) ・・・∞・・・∞・・ 今また、ここ三浦半島から三度、日本の歴史を根本から改革するエネルギーが彷彿として現われたのか! ・・∞・・・∞・・・∞・・・ ・・∞・・・∞・・・∞・・・∞・・・∞・・・∞・・・∞・・ 「週刊アベニュー」より |
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