海辺の道を天神島へ向かう

 陽光が海辺にやさしく降りそそぐ初冬、身体を少し動かしてみようと、秋谷の立石に行ってみた。かつて、広重の描いた風景が今も健在で、孤を描いた相模湾が今日は少し煙そうにしている。レストラン・ドンの前から波打際を前田川の河口まで気ままに歩き、川沿いの道を行く。途中、セキレイが羽をひるがえす様子を眺めたり、川面をのぞいたり…。また、明治期に造られた西洋瓦(ジェラール瓦)の建物を気にしながら歩いたり…、「そうだ、今日は旧道を散歩気分で」ということになった。大楠温泉の先を右に折れ、橋を渡る。と、すぐ向坂の庚申塔が三基、いずれも文化、天保の時代のものだ。ここは旧鎌倉道で、三崎への往還道だった。この辺りの一画だけは古木が繁り、古の香りを感じさせてくれる。100メートルも歩いただろうか、今度は住宅街の曲り角に、今となっては不釣合いなほどの大きさの六十六部供養佛という石碑に出あった。、六十六部とは日本の霊場六十六個所を巡って法経を納めるため、諸国遍歴をしてその資金調達をして歩く行脚の僧のことらしい。石碑から読み取る文字は、西国坂東秩父百番や湯殿、月山、羽黒、また四国八十八箇所とあり、願主は細谷右衛門と読める。この願主とは行脚僧の無事を祈って、石碑を建立したのであろうか。
 この六十六部碑に沿って右へ曲り静かな住宅の庭々をウォッチングして歩くと、次には石を船型にくりぬいて奉納してある岩船地蔵が。さまざまな石仏に出合い、昔の人の信仰心の篤さを伺う楽しみは、旧道歩きならではのものだ。道はだらだらと下って、もう海は間近か。
 ふと″しらす″の看板に吸い寄せられるように一軒のお宅に入っていき、まさに出来たてのしらすを分けて貰った。磯へ出て早速頬張り、その味に納得する。あとは磯伝いに芦名の淡島神社、十二天社とお参りし、海辺の道を天神島へ向った。あるがままの自然を保つ島では海鳥の姿をしばらく追っていた。
 距離はそれ程ではなくとも、充実度の高い散歩コースの発見だった。