池子の遺物に歴史を思う
昭和12年、旧日本帝国海軍の弾薬庫として接収された逗子の池子地区は、戦後には米軍への提供用地として使用され、今日まで一般の人の立ち入りは制限されてきた。
この広大な地に米軍家族住宅の建設が計画され、その工事に先立ち、接収直前までの人々の生活のあとを探る本格調査を、平成元年4月から県の埋蔵文化財センターが開始した。その後かながわ考古学財団による5年7ケ月にわたる調査の結果、約4000箱というぼう大な量の出土物が発見されたという。それらは旧石器時代から、奈良、平安を経て、近代までの長期にわたるもので、池子の歴史を知る貴重な成果をもたらした。
この秋オープンした「池子遺跡群資料館」は、それらの出土品を展示して、一般の市民に門戸の開放を図ったものだ。
池子の正面ゲートを入り、直進で約500メートル歩くと(車での乗り入れはできません)、左手の建物がそれ。資料館まではフリーパスとなっている。
展示品には弥生時代の土器や状態の良い木製の農具、古代の木ぐつなどが見られる。また、興味深いのは、接収直前まで民家で日常的に使われていた多くの茶碗類が目をひく。中には、小ぶりの子供用の飯茶碗で、時代を表わす軍事色の濃い絵柄のものや、色のきれいなガラスの薬ビン、おはじき、べっ甲のかんざし、大きな徳利などが並べられている。
かつて、手斧づくりの民家に住み、平和に暮らしたであろう息づかいが、この出土品から伝わってくるのだった。