週刊文春2001年7月19日号より



“歯医者の□すすぎ水は細菌だらけ?”
フリーライター狩生聖子


 歯科が好きな人はかなり少いだろう。
 いくら麻酔が効いているからといったって、無防備に開けた口に、歯を削る装置が入ってきて「ギーギギー」という音が聞こえてきたら、条件反射で身震いしてしまう。
 しかし、ようやく治繚が終わって、「はい、口の中をよくすすいでくださいね」
といわれて、コップの水で口中をクチュクチュやったときの解放感といったら、これは格別だ。
 ところが、その口内洗浄装置や切削装置から出てくるデンタル水が、大量の細菌で汚染されていることが、東京医科歯科大大学院の荒木孝二助教授らの調査でわかった。
 治療に使うデンタルユニット(患者が座る椅子)の標準的な治療装置五台から出る水を採取、培養して細菌の数を調べたところ、始業直前の朝では、洗浄する機器の水で一ミリリットルあたり平均約五十万群体、歯を削る機器から出る水では約二十五万群体の細菌が存在することが明らかになった。
 米国歯科医師会(ADA)では一ミリリットルあたり、二百群体以下というきびしい数値を目標にするよう指導している。この基準と比較すると、日本のデンタル水はアメリカの二千五百倍もの量の細菌がうようよしているということになる。
「治療に使われる水は水道管から、デンタルユニットに付属しているパイプやホースを
介して出てきます。
 塩素が大量にあって、常に流れている水道水では繋殖しませんが、デンタルユニット水はライン内で滞留している時間が長いために中で細菌が増えて汚染されるのです」(荒木助教授)
 つまり、ぬめりの付いた風呂桶に溜まった水を飲んでいるようなものだという。
 問題になっている細菌は、「従属栄養細菌」と呼ばれるもので、微量な有機物をエネルギーにして増殖する細菌の総称。このうち、緑膿菌や破傷風菌など、動物の体温で、短時間で増える病原性の強い細菌は「一般細菌」と呼ばれるが、今回検出されたのは、この「一般細菌」以外の従属栄養細菌。
 この細菌は飲料水にも含まれており、細菌学的には生体には問題がないとされるが、問題なのは、デンタルユニットラインで滞留すると、ぐんぐん増えて汚染がひどくなって
しまうこと。
 従属栄養細菌は、健康な人であれば摂取しても大丈夫とはいえ、大量の細菌が体内に入れば、「免疫力の低下しているお年寄りや、病気の人が日和見感染を起こす可能性は否定できない」(荒木助教授)
 当たり前のことだが、外科手術では、無菌の生理食塩水を使い、万全の注意を払って
行う。
「いくら細菌学的に問題ないといっても、歯の治療にだってできるだけ、きれいな水を使ったほうがいいのは当然です」(病院関係者)
 歯科医でプレイントゥリー歯科研究会主宰の井上雅之氏によれば、実は歯科医のほとんどは、その事実を知っているという。
「デンタルユニットから出る水を飲めといわれて、飲む歯科医はまずいないでしょうね。みんな(汚染のことが)わかっているからです。しかし被害例もないから、見過ごしてきたのが現状ではないでしょうか」
 荒木助教授や井上医師は、すでにデンタルユニットに殺菌装置を取り付けているが、ほとんどの歯科では、まだ対策はとられていない。
 厚生労働省歯科保健課では、「学会などの意見がまとまり、問題として挙がってきた
ら検討課題になる」
 というが、現実的には、法的規制が行われる予定もなさそう。
 もういっぽうの当事者である、日本歯科医師会にも取材を申し込んだが、回答は得ら
れなかった。
「歯科医はすでに飽和状態ですし、少子化の影響もあって、患者は毎年減っており、傍から見るほど経営は楽じゃないんです。
 歯科医師会としては、水の殺菌を義務化しても治療費を高く取れるわけではないから開業医の負担が増えるだけだし、かといって、現状のままでいいといえば患者の不信をかう。難しい立場ですね」(歯科関係者)
 いっそのこと、ミネラルウォーター持参で歯医者に行きますか。